土石流被災家屋保存公園へ行きました。現物の持つ力は圧倒的だ。 #90

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昨晩、雲仙市に家族で泊まったので、今日は島原を観光しました。
 
数か所の観光名所を回った中で、私が最も感銘をうけたのが、「土石流被災家屋保存公園」でした。
 
この公園、平成4年に発生した平成新山の土石流で埋没した家屋をそのままの状態で保存している場所です。
 
現地には、当時被害に遭った家屋10棟が当時の場所で当時のまま保存されています。(別に、移築した1棟あり)
 
屋外に展示された建物は被災後二十数年を経過しており、建物の劣化を感じさせますが、それが余計にリアル感を漂わせています。
 
実物の被災家屋の前に立ち、遠くに見える平成新山を眺めると、土石流がこの場所を襲った当時のことに思いを馳せずにはいられませんでした。
 
なぜ自分は二十数年も前の、しかも自分が経験していない災害について、ここまで気持ちが入り込めるのか。
 
理由は簡単です。
 

現物が持つ力

目の前に、被災家屋という現物があるからです。
 
これが写真や映像だけであれば、ここまで気持ちが入り込むことはできないでしょう。どんなに精緻な写真でも、3Dの作りこんだ映像でも、現物の持つ迫力にはかないません。
 
二十数年前のあの日、この場所で実際に土砂に埋まった家屋。それが自分の目の前に存在する。現物を上回る価値を、人間が新たに作り出すことは不可能です。
 
一緒に見学した娘に対しても、当時の状況を説明してあげました。1階が土砂に埋まった家屋が目の前にあればこそ、6歳の娘でも興味を持って当時の話に耳を傾けるのです。これが一方的に映像を見せられただけでは、「すごいビデオだったね」で終わりでしょう。
 

被災した物を保存することの難しさ

でも、被災後すぐに、被災した物を残すという決断を下すのはとても難しいことです。東日本大震災の報道を見ていて感じました。
 
被害者にとっては、当時の悲しみを思い出す象徴でしょうから、その気持ちも分からないではありません。しかし、この災害の教訓を後世に伝えるには、現物を保存するしかないのです。いくら写真に撮っても、映像を撮っても、現物が持つ力には絶対にかなわないのです。
 
ですから、東日本大震災、特に津波により被災した建物などが次々に撤去されていくのを知ると、千年後に同じような津波がやってきた時、また同じ被害が繰り返されるのではないか、と危惧します。
 

それでも現物を残さなくてはならない

人は約百年で全て死にます。それ以上先の世の中に情報を確実に伝達するには、現物を残すしかありません。
 
今から七十数年前、長崎と広島で原爆が投下されました。現在、原爆を象徴する物として、広島には原爆ドームが、長崎には平和祈念像があります。原爆投下のメッセージをどちらが強く後世に伝えられるか。誰の目にも明らかです。
 
現物が持つ力。しっかり意識して、活用していかなくてはなりません。後世のために。
 
【土石流被災家屋保存公園の公式サイトはこちら。】

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